※本記事は英語でもご覧いただけます:Inclusive Beauty Drives Innovation
この2年間で社会的目的やインクルージョン(包括)が重視される傾向が加速した。2020年、人種的不平等への意識を高めた「ブラック・ライブズ・マター」抗議運動により、美容・パーソナルケア企業にも、ヨーロッパ中心主義ではない美の感覚を広めることが求められるようになった。中でもヘアケアは重要な分野であるが、縮れた髪やカールした髪などのテクスチャードヘアや複雑なスタイリング方法などの悩みなどは、これまで主要な企業が見過ごしてきた問題であった。
インクルージョンへ向けた第一歩とは
2021年、髪の悩みTOP10(サーベイ調査結果)
ユーロモニターインターナショナルが実施した「ビューティーサーベイ」調査によると、回答者全体の中で最も多い悩みは「白髪」だったが、黒人・アフリカ系回答者の間では7位にとどまっている。2021年、あらゆる人種・民族の回答者の中で多かった髪の悩みは、「白髪」「フケの出やすい髪」「薄毛」「枝毛」「脂っぽい・オイリーな髪」だった。しかし、黒人・アフリカ系と回答した人の2021年の髪の悩み上位5つは、「頭皮のかゆみ」「フケの出やすい髪」「髪が乾燥している・荒れている」「櫛が通りにくい」「枝毛」であった。「櫛が通りにくい髪」は、回答者全体の髪の悩みの中では9位だったものの、黒人・アフリカ系回答者においては4位となっている。
企業が黒人消費者層特有のニーズを知ることは、同消費者層をよりよく理解し、対応するための重要な第一歩であるが、ソーシャルメディアなどを通じて情報力を得た今日の消費者は、より多くを求めるようになっている。また近年は、BIPOC(黒人、先住民、有色人種)やBAME(黒人、アジア人、少数民族)の起業家が経営する美容ブランドが登場し、ターゲット消費者のコミュニティから生まれるイノベーションには文化的な意味合いがもたらされている。
様々な髪質に対応した製品の充実
包括性を求める機運が高まったことで、美容・パーソナルケア企業も、消費者の人種や民族に関係なく、様々な髪質に対応した製品を拡充するようになっている。Drunk Elephant(ドランクエレファント)とFunction of Beauty(ファンクション・オブ・ビューティー)は、2020年8月、縮毛などのテクスチャードヘアを対象としたコーウォッシュ(シャンプーを使わずコンディショナーなどで髪を洗うこと)製品を発売した。ドランクエレファントは「すべての人に対応できる製品にしたい」と明言している。2021年には、Kérastase(ケラスターゼ)とLiving Proof(リビングプルーフ)が、ウェーブからコイルまで様々なカールパターンに対応した縮毛専用の製品ラインを発表した。また、Procter & Gamble(P&G、プロクター・アンド・ギャンブル)は最近Walmart(ウォルマート)と提携して「Nou(ノウ)」というブランドを立ち上げた。P&Gは米国の人口がますます多様化していることを認識しており、Z世代の50%以上が非白人であると述べている。「ノウ」は3A~4Cのカールパターンに対応し、消費者はQRコードをスキャンすることで髪の多孔性に関する情報を得ることができる。2022年、ウォルマートはテクスチャードヘアのためのヘアケア製品への投資を強化し、2020年のNetflixシリーズ『Self Made: Inspired by the Life of Madam C.J. Walker(セルフメイドウーマン ~マダム・C.J.ウォーカーの場合~)』で描かれた同名のオーナーの名を冠した「Madam by Madam C.J Walker」を発売した。
Unilever(ユニリーバ)傘下で、成分重視のトリートメントで知られる米国のヘアケアブランド「Shea Moisture(シアモイスチャー)」は、髪質に合わせた製品ラインについてビジュアルガイドを提供している。(出典:Shea Moisture)
原料メーカーはさらに、「テクスチャードヘア」に関する専門知識を深めようとしている。「テクスチャードヘア」は美容業界でよく使われる広義の用語で、異質感を想起させる「エスニックヘア」といった言葉よりも幅広い髪質をうまく捉えている。Dow(ダウ)がThe Most(ザ・モスト)と提携し、多文化な消費者の悩みを理解し解決しようとしているのは、単にブランドからの要求に受け身でいるのではなく、最終消費者のニーズを積極的に理解する原料メーカーへ転換しようとしていることの表れといえる。一方で、Symrise(シムライズ) は、テクスチャードヘアのためのアスレジャー用ヘアケアブランド「Sunday II Sunday」を所有するInfinite Looks に出資している。シムライズは、「Sunday II Sunday」ブランドが、アクティブな消費者の髪と頭皮に関する見識をさらに拡大することを期待している。
また、小売業者のSuperdrug(スーパードラッグ)は、黒人や混血の消費者向けの製品を優先的に扱っており、「Nylahs Naturals」「Afrocenchix」「Mielle Organics」「Flora & Curl 」という 4つの独自ブランドを立ち上げた。今後、成分調整や販売店への行きやすさが向上すれば、市場に出回るこうした製品の選択肢や品質もより良くなるだろう。
企業やブランドにはヒジャブ用のヘアケアなど、他の分野でも包括的な取り組みを進めることが期待されており、例えばヒジャブ着用者は、フケや脂性頭皮、みずみずしさの喪失といった悩みを抱えていることが多いが、彼女たちのヘアケアのニーズに応える製品は少ない。「Sunsilk(サンシルク)」と「Pantene(パンテーン)」は、こうしたニーズはがアジア太平洋地域で高いとしつつも、欧米市場にも拡大のチャンスを見出している。
ブランドエクイティの鍵となる社会的持続可能性
製品処方や様々なタイプの製品の提供が包括的なヘアケアを促進する一方で、消費者は購入するブランドに対してより多くのことを求めるようになっており、コミュニティと社会目的への貢献が鍵となりつつある。
ブランドや企業は、2020年の「ブラック・ライブズ・マター」抗議運動を通し、消費者との関わりを深くした。ユニリーバの「シアモイスチャー」は、バーチャルイベントを開催し、黒人女性のビューティークリエイターを対象とした助成プログラムを立ち上げ、2021年の同プログラムでは12人の創業者に15万米ドルを提供した。同ブランドは、「Dove(ダヴ)」とともにクラウン法(「Creating a Respectful and Open World for Natural Hair」の頭文字)の支援を通じて、米国における髪型差別の解消など、社会問題や人種問題を支援し続けている。「シアモイスチャー」の社会的持続可能性の領域における成功は、自社ブランドのアイデンティティにとって大切な社会目的の支援、そして確立されたオンラインコミュニティにおけるそうした社会活動を支援することがいかに重要かを示している。
一方で、2021年6月、オンライン活動家たちがウォルマートなどの小売業者が黒人のヘアケア製品を施錠販売していることに声を上げた。ウォルマートはその後施錠販売を廃止し、また、ユニリーバやP&Gなどと提携し黒人消費者向けの製品開発に投資するようになった。しかし、情報力を持った今日の消費者は、細分化された小売業界の状況を利用し、より自分の価値観に合った小売業者を探し続けている。消費者は今や、美容ブランドに対し、製品イノベーションだけではなく、経営や雇用方法、地域社会への支援といった分野においても、信頼性、包括性、そして社会貢献を期待するようになっている。
ヘアケア分野以外のビジネスチャンス
ヘアケアは、多文化消費者を対象にした美容・パーソナルケア業界においてイノベーションの大きな部分を担ってきたが、美容関連企業は、他の製品カテゴリーでも、いかに黒人や他の有色人種の消費者により良いサービスを提供することができるかを考える必要がある。カラー化粧品分野では、あらゆる肌の色にマッチする、より包括的なシリーズへの需要が長く続いており、2017年には「Fenty Beauty(フェンティビューティー)」が40色のファンデーションシリーズを開発している。2020年9月に発売された「Mango People(マンゴーピープル)」は、Sephora(セフォラ)の2022年アクセレレートプログラムの支援を受け、植物由来のアダプトゲンを活用し、同ブランドのルーツである南アジアからインスピレーションを得て、すべての肌色に対応することを目指している。
2020年に発売された、西アフリカをルーツに持つ北欧発のスキンケアブランド「Melyon」は、美の理想を変えるとともに、排他的な美容業界において包括的な力となることを目標としている。ユニリーバは同年、メラニンに着目したスキンケアブランド「Melé」を立ち上げ、シミ、肌の色むら、水分バランスの乱れ、日焼けなどに対応する製品を提供し、「Dove Baby Melanin-Rich」シリーズは栄養と潤いに着目した製品を販売している。
また、白浮きしない製品への需要が高いサンケア分野にも機会がある。「Black Girl Sunscreen」のようなブランドは2016年から存在しているが、黒人や有色人の消費者に対して見えない信用を売り込む主力ブランドはほとんどない。だからこそ、企業やブランドは、メラニン化した肌の色に適するよう製品を調合し、その利点を効果的にマーケティングすることで、自社の消費者基盤を最大限に活かし続けることができるだろう。
より詳細な情報は、当社のレポート『Maximising Prospects in Hair Care』をご確認ください。
(翻訳:横山雅子)