バルミューダが、今年の10月にホットプレート市場に参入する。
バルミューダは2010年に参入した扇風機や、2015年に参入したオーブントースターを通して、各業界に旋風を吹かせてきた。電子レンジ、炊飯器、掃除機やコーヒーメーカー、スマートフォンなどにも参入してきたが、特に旋風のインパクトの大きかったのは初めの二つだろう。
この二つには、共通点がある。長らく革新がなかった製品カテゴリーであることだ。進化が停滞していたとも言える。
まずは扇風機。バルミューダ参入前、羽根の形や枚数を工夫するメーカーこそいたが、消費者が実感できるほどの差別化につながることはなく、価格が主な競争のポイントであった。2010年、ダイソンが「羽根のない扇風機」を日本で売り出した同年、バルミューダが市場に持ち込んだのが「自然界の風」(*1)というコンセプトだ。DCモーターを採用して静音や省エネを実現したことに加え、二重構造の羽根というテクノロジーの裏付けがありつつ、謳ったのは「気持ちの良い風」(*1)という体感的なベネフィットだ。洗練されたデザインによって、目を引く、あるいは所有欲を満たすことへの引力もあった。扇風機をサーキュレーター代わりに使うという考え方も加わり、扇風機市場はバルミューダ以前と以後で一変した。また、市場のポートフォリオの価格帯の広さも、大きく変わった。そのような現在の扇風機市場の中においても、バルミューダはプレミアムブランドの地位を維持している。
*1 バルミューダの公式ウェブサイトより(2023年9月閲覧)。以下同様。
次にオーブントースター。機能の数が増えて複雑化する電子レンジカテゴリーと異なり、バルミューダ参入前のオーブントースターは、価格が抑えられていた市場だった。大手ブランドが想起されやすく、中小ブランドがシェアを伸ばすという状況ではなかったオーブントースター市場に、バルミューダが持ち込んだのが「最高の香りと食感」(*1)という訴求である。水を使う機構を導入し、庫内の蒸気をコントロールすることで、中はモチモチ、外はカリカリという食感のトーストを実現した。新たなテクノロジーの導入を下敷きにしながら、感覚的なベネフィットをアピールする、そして体験全体にデザインが効いている、という扇風機と同じ構図だ。その後、他にも蒸気を活用するメーカーやデザインと電熱制御を売りにするメーカーも現れる中、バルミューダは日本のオーブントースター市場において、確固たる地位を確立している。
そして、2023年のホットプレート市場への参入だが、これも同じ構図で語ることができる。ホットプレートはシンプルですでに完成度の高い道具であると見なされてきたのか、過去10年間を振り返っても、大きな技術的な進化はなかった。既存メーカーたちが謳った改善点は、「大型に」「深く(鍋など水気のある料理もできる)」「プレートの種類を多く(グリル用に面が波打ったものや、たこ焼き用のもの)」「煙を少なく」「焦げ付きを少なく」「加熱を速く」といったものであった。それぞれメリットがある改善ではあるが、革新的であったとは言い難い。また、寡占に近い市場だったこともあり、急激な価格低下はないものの、付加価値をつけて価格を上げることは難しかった。
そのホットプレート市場において、バルミューダに先だって新たな価値を提示したのが、雑貨類などを展開する株式会社イデアインターナショナル(現・BRUNO株式会社)であった。無骨で画一的なデザインのホットプレートが家電量販店に並ぶ中、赤く丸みを帯びた可愛いデザインの小型ホットプレートを、雑貨屋で販売しはじめたのだ。BRUNOと名付けられたこのブランドは認知度をあげ、シェア拡大を加速し、2014年の発売から5年後の2019年には、国内シェアトップとなった(*2)。これほど大規模な伝統的家電カテゴリーで、国内の新興ブランドがトップシェアを獲得するのは異例だ。国内年間100万台クラス以上の規模の2022年の白物家電カテゴリーで、現時点で他に例はない(*2)。
*2 ユーロモニターのデータによる。
しかし、BRUNO以降、進化が停滞しているホットプレート市場に現れたのが、今回のバルミューダだ。得意の構造を適用できると踏んだのだろう。製品革新が滞っているカテゴリーに、テクノロジーに裏付けされた、感覚的なベネフィットを提示する。それを、洗練されたデザインでパッケージする、という構造だ。それを念頭に、製品ページを見てみよう。
- テクノロジーの裏付け:(通常の倍以上の)6.6mmクラッドプレート(*1) / 正確な温度制御(*1)
- 感覚的なベネフィット:調理エンターテインメント(*1) / ライブキッチン(*1)
- 洗練されたデザイン:分厚いメタリックなプレートを強調するデザイン
まさにバルミューダの勝ちパターンである。プレートに縁が欲しい、汁気のあるものも扱いたい、たこ焼きも作りたい、というユーザのために別プレートも用意されているが、最大のセールスポイントは「クラッドプレート」(*1)が実現するとされる「絶妙な焼き加減」(*1)と「プロの味わい」(*1)である(クラッドとは、異なる金属を張り合わせた、という意味で、フライパンや最新の五百円玉硬貨などで見られるものである)。
ホットプレートは、新型コロナ一年目の2020年に大きく成長した。これは家の中で過ごさざるを得ない中で、簡単に、一緒に、そして楽しく食事が摂れるという、時代にフィットした利点が評価されたためだと考えられる。バルミューダの新商品も、「おいしさと楽しさを実現する」(*1)「五感を刺激する楽しさ」(*1)という表現に見られるように、楽しさを主要ベネフィットとして謳っている。
ただし、バルミューダの製品は市場の競合製品と比べて高価だ。その体験的ベネフィットに価値を感じ、そのうえで、その価格を払える消費者だけがターゲットであり、マスに大きく響くものではない。シェアを大きく獲得しようという製品ではないが、今回もターゲット層にはしっかりと刺さるのではないだろうか。
今後の国内ホットプレート市場の動きにも期待したい。バルミューダの参入後、扇風機ではパラダイムシフトが起きた。オーブントースターでは製品の多様化と新規参入を招いた。BRUNOが新風を吹かせた後も進化が滞っていたホットプレート市場では、何が起こるだろうか。「おいしい」「楽しい」のベネフィットをこれまでと異なるアプローチで磨いたバルミューダによって市場が刺激され、新しい形の新しい価値が、他のメーカーからも生まれてくるのが、健全な成長であり、健全な競争だろう。
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